成年後見制度とその限界【相続手続きの相談窓口】
「問題」
認知症などによって意思判断能力が失われた場合には「成年後見制度」を活用することで、資産・事業承継対策は万全に行われていると考えてよいのでしょうか?
「解説」
成年後見制度では、認知症や病気、あるいは知的障害、精神障害等の事情により、意思判断能力が万全ではない人の法律行為や財産の管理を本人に代わって行う制度です。
後見人は本人のために財産をしっかり守るという職務を負うことから、家庭裁判所もしくは後見監督人の指導・監督下に置かれます。
したがって、本人にとって本当に意味のある、合理的な理由のある支出しか認められず、推定相続人や、家族にメリットがあるような行為、例えば、将来の相続を見越して生前贈与や財産の整理・処分することは、基本的に認められません。
つまり、成年後見制度を利用している限りにおいては、柔軟な財産の管理は難しく、家族のための支出や、将来の相続対策を考えたくてもほぼ何もできません。また、たとえ本人の為であったとしても、積極的な投資や運用など実行できません。
「POINT」
成年後見制度の目的は、意思判断能力を失った被後見人の代わりに、後見人が、被後見人の財産を守る(減らさないように)よう、強い権限で管理することです。したがって、本人や周囲の希望とは関係なく、「本人にとって最低限必要な支出」しか認められなくなります。一方で、被保険者の身上監護(介護や医療にかかわる施設入所)については成年後見制度を利用するしか方法はありません。
以上のことから、他の生前対策と成年後見制度をうまく組み合わせて、双方の利点を活かす設計が必要となります。
成年後見制度を利用する利点と課題【相続手続きの相談窓口】
「問題」
成年後見制度を利用する利点と課題を教えてください。
「解説」
〈利点〉
成年後見制度の申立ての動機は、1位が預貯金の管理・解約となっています。本人確認が必要な預貯金口座からのお金の引出しには、成年後見制度を使わざるを得ません。同様に、不動産の処分等の手続きをするという申立ての動機もあります。
最近では、相続手続き上、例えば父親が亡くなり、相続人である母親が認知症というケースにおいて遺産分割や放棄などの法的なことが一切できなくなることから、成年後見制度を使うこともあります。
〈課題〉
成年後見制度を利用する人の数は、令和3年12月現在、23万9,933人前後といわれています。認知症及びその予備軍は全国で860万人以上とされている実態から比べれば、この数字は少ないといえます。
利用する人が少ない理由として、後述の手続きや管理の問題と合わせ、そもそも成年後見制度を使う必要がないということが挙げられます。
支えるべき家族が近くにいれば、預貯金等の財産管理や不動産、賃貸物件の管理、さらには入院入所手続きなども含めて、家族としてある程度現実的な対応は可能ですので、必ずしも成年後見制度の利用が必要とはいえません。
そしてもう一つは、成年後見制度を利用する際の負担が大きく、できれば使いたくないという人が多いことが挙げられます。成年後見制度を使うと、後見人は年1回、裁判所へ財産の状況や1年間の収支、財産目録等を作成し報告する義務があります。
また、成年後見制度を使ってしまうと、できることが限られてしまいます。例えば、親元に年に一度家族が集まるような場面で、例年通り親が全員の食事代を払っていたものが、その制度を利用すると会食代は割り勘で参加者の個人負担となります。
成年後見制度は、「対象者の財産を減損させない」ことが目的ですので、「家族や本人の想い、希望」に必ずしも応えられる制度ではないことが、制度利用を躊躇させる理由といえます。
家族信託と成年後見制度の使い分け【相続手続きの相談窓口】
「問題」
家族信託と成年後見制度はどう使い分けるのでしょうか。
「解説」
成年後見制度というのは、被後見人のために後見人が財産管理などの法律行為の代理を行なうことですから、あくまで「本人のため」という視点は絶対的です。したがって、本人にとってメリットのない行為や、本人の財産を減らす可能性のある行為は基本的に認められていません。
一方、本人の気持ちとして、「相続人のためにできることはやっておきたい」という想いがあったとしても、その想いを前提とした行為は成年後見制度には「なじまない」ものとなてしまいます。
よって、後見を受ける本人のメリットだけを考えた契約行為などは成年後見制度を活用し、同時に将来の相続を見据えた契約行為の部分は家族信託を活用するといった、両制度の有利な点を活かした使い分けが必要になります。
「法定後見制度と任意後見制度、そして家族信託」
法定後見制度は、後見を受ける人が認知症など「判断能力を失った状態」となった段階で、通常、家族が裁判所に申請することで開始されます。この際の後見人は裁判所が適切と判断した者が指名を受け就任することになります。家族が候補者となることは可能ですが、最終的な判断は裁判所に委ねられます。
これに対し、「任意後見制度」という制度があります。この制度は、本人が元気なうちに後見開始時(判断能力を喪失した段階)に、誰を後見人にするかをあらかじめ決めておく制度です。ここでは後見人に家族を指名するなど自由度がある一方で、後見人が正しく後見できているかどうかを監視する「監督人」を置くことが義務付けられています。
もし、任意後見によって指名された後見人が、適切な後見活動ができていないと裁判所が判断した場合は、後見人は解任され、裁判所が指名する後見人に交代することになります。
法定後見も任意後見も、実際の財産管理を行うのは、「後見開始」が審判された後からとなりますので、後見開始前における契約行為を後見人が行うことはできません。
さらに任意後見制度の活用であっても法定後見制度と同様、あくまで後見を受ける側にとってのメリットになるか否かが、後見行為の最大の基準となります。
これに対して、家族信託には成年後見制度のような制約がないため、本人が元気なうちに財産管理について希望をしっかり託しておくことで、受託者がその希望に沿った柔軟な財産管理を実行することができるという点で、大きく異なります。
任意後見契約、家族信託を元気なうちに自分に合った財産管理をご家族と相談して選択し、成年後見制度はセーフティーネット的に活用できる体制が整っていることが望ましいと考えます。